脱衣場










 がらり、脱衣場の戸が開く音を聞き、立花仙蔵は顔を上げた。

燭台がないと手元も覚束ない暗さの刻限。
忍たま達の入浴時間はとっくに過ぎている。

仙蔵はというと、演習の都合で帰りが遅くなり、この時刻の入浴となったのだが。

自分の他に、誰がこんな遅い時間に風呂に入りに来たのか、と。
つい、脱衣場の戸口に注目する。


「……あれ?先客」


脱衣場に足を踏み入れる前から、結った髪を解きながらの入浴体勢。
口笛を吹きつつ上機嫌な様子で現れたのは、であった。

仙蔵は、戸が開く前から湯殿に接近する人の気配に気付いていたが。
気配読み等の芸当に関しては全くの素人だろうには、仙蔵の存在は意外であったらしい。

上着を脱いだ仙蔵と目があって、きょとんとした顔をしていた。


「仙蔵くん、これからお風呂?」
「ああ、そのつもりだ」
「そっか。遅いね?」
「演習があったのでね」
「そっかそっか」


納得した様子で、気の抜けた笑顔が向けられる。
こちらもちょっと笑って応じながら、の持ち物に目を移す。

入り口で立ち止まったが、脇に抱えているのは、手拭いと寝間着のセット。
一目で分かる、入浴時の持ち物だ。

職員達も、大方入浴を済ませてしまっているだろう時間帯。
この刻限に入りに来るも遅いと思うのだが。

仕事が立て込んでいたのだろうか、などと考えていると、


「じゃあ、ごゆっくり」


指二本を立てて顔の横へ。
お決まりのポーズを決めて見せて、今開けたばかりの戸を閉めて、出て行こうとした。

予想していなかった行動に、思わず仙蔵はを呼び止めていた。


「入らないのか?」


すっかり入浴の出で立ちだったではないか。

もしかして、演習の後だと言った仙蔵に気を遣ったのか?
いくら疲れているとはいえ、一人が一緒になるくらい全く構わないのに。

仙蔵の呼びかけに、戸の向こうへ消えようとしていたの顔がひょっこり覗ける。


「うん。ついでにお風呂掃除もやっちゃうつもりだったから、先に入っちゃって」
「…こんな時間に風呂掃除?」
「今日はたまたま。明日は掃除の時間取れるか微妙だから」


がちょっと困ったように笑う。

その笑顔を見た仙蔵は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

演習があった不可抗力とはいえ。
風呂がこの時間になったせいで、の入浴兼風呂掃除を、後ろにずれ込ませてしまう事になるからだ。


「それは…すまない。遅くなってしまうな」


ちょっと眉を寄せる仙蔵に、気にしないで、とは笑いかけた。


「仙蔵くんのお風呂の間に、他の事やればいいだけだしね」
「なるべく早く上がるようにしよう」
「それこそ気にしないで。ちゃんと温まって出てくるんだよ?
湯冷めしないようにね、今日は冷えるから」


仙蔵の言葉を却下した後は、口を挟む間も与えない勢いでまくし立て。
最後に、演習お疲れ様、と付け足して。

は今度こそ、脱衣場の戸をしっかり閉めて、出て行った。




怒濤の勢いで、一方的に指示ばかり出され。
何か言う暇も与えられず、仙蔵は少しの間、放心したようになった。

これでも弁舌は立つ方なのだが。

そんな自分が、口も挟めずただ相手の言葉を聞かされるだけだったとは。

有無を言わせぬ、妙な迫力。
この感覚は、どこかで経験した事がある。

どこでだったか、少し考えて。
感覚の正体に思い当たった途端、仙蔵は吹き出すように笑っていた。


妹の世話をしているせいなのか。

のあの様子は、子に言い聞かせる母のようだ。




















仙様と入浴時間ドッキング…ハァハァ(←



2010.3.27
戻ル×目録ヘ×次ヘ