学習中
長屋の外廊下。
うずくまる小さなくノ一と、その傍に腰を下ろすの姿を見かけた。
自主トレの走り込みの最中だった七松小平太は、足を止める。
のそばの小さなくノ一は、その妹のカスミ。
手元にある何かを指差しながら、二人して何か話し込んでいるようだ。
二人には、これといって用事もなかったのだけど。
目ざとく見つけた、の傍らに置かれた、湯呑みとまんじゅうに誘われて。
小平太は、の無防備な背後へ音もなく回り込み、さっとまんじゅうを頂戴した。
もぐもぐと口を動かしながら、二人の手元にあるものを、ついでとばかりに覗き込む。
「なんだ、『忍たまのとも』じゃないか」
「うわっびっくりした!」
ぽろっと
気配も何も消していたので、素人であるのこの反応は当たり前だ。
隣で姿勢悪くうずくまっていたカスミも、丸くした目を向けてくる。
意図した行動が見事に決まったこの感覚。
少しばかり、気分が良い。
の目が、小平太の目から手元へと移動した。
あっ、と短く声を上げるので、小平太も己の手元へ視線を移す。
「それ、私のまんじゅうっ!」
「ん、おう、もらったぞ!しかし美味いな、このまんじゅう」
手に持っていた、食いさしのまんじゅうの残りを、一口で放り込む。
一部始終を見ていたの口から「あー…」と落胆する声が漏れたが、やがて困ったような笑顔と共に、溜息を一つ吐き出した。
「そりゃそうだよ、食堂のおばちゃんからのお裾分けだもん」
「んん、どうりで美味い筈だ」
食堂のおばちゃん経由なら、美味さも折り紙付きというものだ。
口の中の物を嚥下して、ついでに湯呑みも拝借する。
もう諦めたものか、今度はも何も言わない。
人のお茶で口直しをしてから、小平太はとカスミの間に座り込んだ。
「で、何だって『忍たまのとも』なんて見てるんだ?じゃ見たって何の事か分からないだろ」
恐らくカスミのものであろう『忍たまのとも』を、何気なく取ろうとして伸ばした手。
それに、カスミが少し大げさなくらいに身を逸らした。
大きな反応に驚いて、カスミをまじまじと見る。
身を逸らし、胸元で結んだ手の中に、たった今ご相伴にあずかったのと同じまんじゅうが一つ。
体全体で言わんとする事を察し、小平太は明るく笑い飛ばして「君の分まで取らないよ」と言って遣った。
「忍術に関しちゃ、そりゃ聞かれたって分からないけど。字ぐらいは、教えてあげられるかなーって」
答えるによると、読めない字を教えて欲しいと可愛い妹に頼まれたらしい。
成る程、それなら字さえ読めればにも教えるのは可能だ。
読み書きが出来るのは、かなり大きな強みだと、小平太は感心する。
その目の前で、の眉がちょっと寄った。
「でも、筆文字は読みにくくて…難儀してる所でした」
の顔はあくまで真剣だ。
小平太はきょとんとした。
字は読めるのに読めないとは、一体何を言っているのか。
意を汲みあぐねていると、ポンと肩を叩かれた。
つい今し方までの表情はどこへやら。
今度はいい笑顔を浮かべるを見返す。
「いやいや、いい所に来てくれたよ小平太先生」
「…私が教えるのか?」
「まんじゅう食べたでしょ」
何と。
さっき頂戴したまんじゅうが、先払いの報酬へ早変わりした。
「ついでに私にも筆文字の見方教えてくれると嬉しいなぁ」
カスミの勉強のついでに、自分も学ぼうとするの、良い具合に気の抜けた笑顔。
小平太はその顔とカスミとを交互に見比べながら、ゆっくりと一つ、瞬きをした。
日本の識字率が上がったのは、寺子屋が一般的になってからで、
落乱の時代にはまだ庶民の識字率はそんなに高くなかったんじゃないかなーという想像から生まれた話。
故に字が読める主人公に小平太びっくり。
そう考えると忍術学園てエリート集団なのかも知れない。
戯
2010.4.25
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