木陰
落とし紙を補充して回る、その途中。
いつもなら、昼寝している一年生の姿をよく見かける木の下。
いつもとは違う人物が横たわっているのを、善法寺伊作は見つけた。
小さなくのたまと、大きな職員。
と、その妹のカスミが、身を寄せ合って眠っていた。
一年生以外で、そこで寝ている姿を見るのが珍しくて、伊作はつい足を止め。
思う所あって、達に近付いていった。
「くん、そろそろ起きないと、風邪を引いてしまうよ?」
「…んー?」
声をかけると、ぴくりと瞼が動き、身を捩る。
一度小さく丸まって、伸び。
動きが止まったかと思ったら、くしゃみを一つ。
その後で、ゆっくりと開く瞼。
ようやくの起床のようだ。
まだ完全に覚醒しきっていない目を向けられたので、にっこり笑いかけた。
「起きた?」
「…んー…伊作くんおはよう」
「おはよう」
寝起きの声で起床の挨拶。
隣で起き出したに反応したか、カスミも小さく身を捩る。
腕の下にいたカスミを起こさないように気をつけながら、身を起こし。
は、伊作に顔を向けた。
「どしたの?何か用?」
「用というか…そろそろ雨が来そうだから、起こしてあげようと思って」
「え…あー本当だ、いつの間にか曇ってる」
さっきまで良い天気だったのに。
鼻をすすりながら空を見上げるにつられ、伊作も上へと目を向ける。
昼頃までは日も差して、ぽかぽかと暖かい陽気だったのだけど。
昼を過ぎてからどんどん雲が湧き始め、今はまるで夕方のような薄暗さだった。
このまま達が寝たままだったら、確実に雨に降られていただろう。
「今日は冷え込むだろうから、ちゃんと暖かい格好をするんだよ」
「ん、分かった。ありがとう伊作くん、さすが保健委員長」
「はは、ありがとう」
今のは褒め言葉だったのだろうか。
判断に困ったので、曖昧に笑って返す。
その伊作に、気の抜けた笑顔を見せてから、はカスミに向き直った。
寝惚け眼のカスミに声をかけたり、軽く揺すってみたりして。
起こそうと試みる、その背中を見ながら。
何て線の細い背中だろう、と伊作は思う。
伊作よりも二つ三つ年上の。
成人として、体つきが完成していたもおかしくない歳の筈なのに。
下手をしたら、年下の伊作よりも少年のような体格だ。
背も低い。
筋肉のつきも、良くはない。
知り合ってそれなりに日が経つが、未だに時たま年上だと信じられない事がある。
これを人体の神秘、とでも言うのだろうか。
「あにさまさむい……」
「はいはい。抱っこしたげるから起きようね」
「んー……」
結局、完全に起こすのは諦めたようで。
抱き上げられた腕の中で、感じる温もりに顔を綻ばせるカスミと。
その様子を見て、カスミ以上に幸せそうな笑みを浮かべる。
まだ微睡んでいるカスミの頭越しに、が伊作に向き直る。
「伊作くん、紙の補充まだ途中?」
「うん、もうちょっとあるかな」
「そっか。カスミ部屋に置いてきたら、手伝うよ」
「そんな、いいよ。あと少しだし」
「伊作くんだって風邪引くかも知れないし。早く終わるに越した事はないでしょ?」
手伝うからね、すぐ戻るから待ってるんだよ。
反論を許さない口調で言い置き、身を翻して行ってしまう。
八歳児を抱えているのに、去るスピードの速い事と言ったら。
筋肉の付き方だけでは説明がつかない、何か別の力が働いているかのようだ。
ちょっと呆気に取られながら、見送った伊作。
その足元に、ぽつり、と降り始めの雨が落ちてきた。
よくアニメで、乱太郎達が木の下で昼寝してたりするじゃないですか。
あれちょっと憧れる。
戯
2010.5.4
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