真相
実習から戻り、他の面子より一足早く湯殿に来た善法寺伊作。
今回も持ち前の不運を発揮して穴に落ちたりしたので、実習参加者の中で一際泥汚れが激しい。
頬にこびりついた、落とし損ねた泥を指で掻く。
早く汚れを落としたかった。
脱衣場に続く戸を、一息に開ける。
勢いよく振り向き、こちらを凝視する目と視線がかち合った。
疲れていたのだろうか。
気配に気付かず、先客がいた事に、姿を見て初めて気付いた。
先客が、見知った顔であるのを知る。
声を掛けようとした所で、その人物への違和感を覚えた。
「……?」
丁度、これから風呂に入ろうとしていたのだろう。
伊作に視線を送る先客、は、上衣を脱ぎ去った姿である。
歳の割に筋肉のつきが甘い、少年のような体。
そこに見受けられるものに、伊作は違和感を覚えたのだ。
そしてその違和感を受け入れると同時に、急速に思考が混乱してくる。
「それって……」
「い…伊作くんっ!!」
何とか、この混乱した頭を整理したい。
その為の切っ掛けが欲しくて、投げかけようとした問いの言葉は、
弾かれるように駆け寄ってきたがぴしゃりと戸を閉めてしまった事で不発に終わった。
丸くなる目に、戸の木目ばかりが映り込む。
の勢いに負けて仰け反った体勢のまま、どうしたものかと何とか頭を働かせていると。
戸を閉めてなおもそこにいるらしいが声を掛けてきた。
「伊作くん…申し訳ないけど、お風呂入るの五分待ってくれる?」
要求された、五分の猶予。
五分時間をもらって、その間に一度脱いだ上衣を再び着込むつもりなのだろう。
実習から帰ってきた伊作達を、先に風呂に入れてしまう為に。
一緒に入れば良いじゃない、とは、誘えなかった。
見た物を認識してしまった今となっては、言える訳がない。
混乱の極みに陥っている思考をまとめるのにも、五分という時間は有効だ。
まとまるかどうかは、定かではないが。
了承の意を伝えようと口を開きかけた所で、廊下を走ってくる音が耳に届き、ぎくりとした。
振り返る。
足音の主は、あっという間に伊作のいる所まで辿り着いた。
「なんだ伊作、まだ入ってなかったのか?」
「小平太っ…!」
「伊作が入らないなら私が一番だー!!」
「わーっ!!待って待って!!」
伊作には、湯殿に一直線の小平太の勢いを押し止められず、制止の声も間に合わない。
慌てた声もむなしく、ここまで来たのと同じくらいの勢いで、小平太の手が湯殿の戸を開けた。
と二度目の対面を果たす。
先程と何一つ変わってない姿に、どうしようもなくて目を逸らす。
その、目を逸らした先に見えた、続々と集まり来る同学年の面子に、伊作は再びぎくりとした。
「ん?どうした伊作、こんな所で突っ立って」
「と、留三郎…」
「小平太も…入り口で立ち止まらないでくれるか。私は今日は早く休みたいんだ」
「仙蔵……」
先んじた二人の後ろから、更に長次と文次郎も続く。
六年生が揃い踏みしてしまった、湯殿の前。
戸の前で硬直してしまった小平太を押しのけて中へ入ろうとした仙蔵が、同じように固まるのを見て、
伊作はもう自分ではどうにも止められない事を悟り、額に手を当てて長い溜息を吐いた。
「…」
入り口で固まってしまった二人に、何事かと脱衣場を次々に覗く残り三人も、同じく硬直する視線の先。
呆然、忘我の様相で、目を見開くがいる。
上半身は一糸も纏わず、傷のない滑らかな肌をさらしている。
一足早く回復した仙蔵が、皆が揃って驚愕し言葉を失った事柄に関して、漸う問うた。
「君は…女だったのか」
晒される素肌。
申し訳程度に両腕で覆った、胸元の膨らみ。
それは、確かにが女性であると示していたのだ。