真相
「カスミと私は、兄妹でも何でもないの。赤の他人」
強いて些末事のように、軽い調子で言う。
その内面では、動揺するまいと必死に己と戦っているのだろう。
立花仙蔵は、ぎこちない表情の動きから、それを読み取っていた。
手で隠していたとはいえ、仙蔵達に自分の裸を見られてしまった。
それでも冷静であろうとするのは、年上であるゆえのプライドか。
努力の割に、泳ぐ目やら上擦る声やらで、隠しきれない動揺がだだ漏れだ。
落ち着けと一言かけてやりたい所だが、何となく、それも憚られた。
場は六年い組の部屋。
と六年生を併せた7人が一堂に会している。
先程湯殿で起こった、が実は女だったと露見した自体。
その事実を受け入れると共に、何故性別を偽っていたのか、
その理由を聞きたい面々が自然と集まり、設けられた場だった。
風呂上がりで冷め切っていない体から湯気を立ち上らせる小平太が身を乗り出す。
「じゃあ、何でが兄ちゃんなんて呼ばれてるんだ?姉ちゃんだろ、そこは」
「それは、あの子には本当のお兄ちゃんがいて、私をお兄ちゃんと勘違いしちゃったからなんだけど…」
「要領を得んな。何故勘違いする?実の兄と、赤の他人の女と」
少しばかり言い淀むに、文次郎の直球な台詞が飛ぶ。
鍛錬バカも、今日ばかりはこの場を外して出て行く気にはならないらしい。
かく思う仙蔵も、早く休みたいと言っていたのに、今のこの場に付き合っている訳だが。
誰にも分からないよう苦笑して、仙蔵はの話に耳を傾ける。
言ってしまうべきか否かを考えていたか、或いはただ言葉を選んでいただけか。
少しの沈黙の後、が再び口を開いた。
「あの子が両親を亡くした時、お兄ちゃんはいなかった。多分、戦に出てたんだと思う」
カスミの両親の死は、決して綺麗なものではなかった。
盗賊に襲われたか、戦場から逃げ出した雑兵の徒党に狙われたか。
惨い姿で打ち捨てられていた亡骸の傍に、カスミは呆然と座っていた。
そこにが通りかかったのだという。
『あにさま!とおさまが、かあさまが…!!』
の姿を認めたカスミは、その瞬間、を兄だと
その場にはいない兄の姿をに重ね、そして信じた。
惨死体に吐き気を覚え、青くなるに縋り付き、
『とおさまとかあさまがいなくなったらわたし…どうしたらいいの…あにさまぁ…!』
泣き噎ぶ、その姿に。
今、この子供から「兄」を奪ってはいけないと、そう直感した。
この子はに、「兄」という心の拠り所を見出したのだ。
偽りの存在とはいえ、それを奪ってしまった時、何とか均衡を保っているこの子の心は、一体どうなってしまうのか。
それを思うと、自分は兄ではないと、どうしても言い出せなくなってしまった。
「どうせここじゃあ私にも身寄りはないし。それなら、カスミが
カスミが兄を必要としなくなる時。
それは、兄の存在がなくとも心乱さず、一人生きていける力を身につけた時。
そうは言う。
余程固い意志であるらしい。
話し始めの口調には、まだ先程の動揺の余韻が残っていたが、今口を結んだの態度たるや、非常に毅然としたものだった。
気の抜けた笑顔を放ついつものはどこへ行ったのか。
気がつけば場の六年生全員が、の放つ雰囲気に飲まれかけている。
周りを見てそれに気付いた仙蔵は、小さくかぶりを振って意識を引き戻した。
「全てはカスミを基準に動いているのだな。そこまでしてカスミを守りたいのか」
赤の他人の為に、自分をも偽って見せた。
何故そこまでするのか、の行動は仙蔵の理解を軽く超してしまうものだった。
ゆえに、少しばかり皮肉を込めた発言だったのだが。
「うん、そうだよ」
何の衒いも迷いもなく、肯定の返事を返されて。
仙蔵は、続く言葉を失った。
「あの子を守る為なら、何だってする」
の目が、真っ直ぐ仙蔵を見据える。
そこにいつもの気の抜けた笑顔はない。
あるのはただ、真摯な思いを宿した双眸。
その眼差しを受けて、仙蔵は一度、目を瞬いた。
不意に今、ある理解が訪れていた。
それは先日、仙蔵一人がと出くわした、脱衣場での事だった。
の去り際に覚えた、ある喩え。
そうか、あれは喩えばかりではなかったのか。
「あの子は、私が守る」
カスミを庇護する、その意志、その眼差しは。
まさしく、「母親」と称するに相応しいものであることを。
仙蔵は、妙に納得して、を見つめ返していた。
バラしましたの段。
「そんな馬鹿な」と思っていた仙蔵の考えは当たっていたのでした。
戯
2011.7.27
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