交渉










 潮江文次郎はものすごく微妙な顔を向けた。


「そんな理由で性別を偽っていたのかお前は!!」
「いやぁ、社会人一年目にとっちゃ結構重要な取引よ?これ」


返すのは
会計室の整理役として派遣されてきて、今は床に散らばった紙を拾いまとめて揃えている所だ。
文次郎に向けるのは言葉だけで、仕事を片付ける手は止めず、視線も手元から離れない。

普段の気の抜けた感じとは打って変わった真面目さに、少しだけ感心する。
かく思う文次郎も、算盤と筆を繰る手は止まらないのだが。


「性別隠し通してカスミの授業料割り引いてくれるってんなら、どんな努力も惜しまないよ!」


私は!
一瞬手を止め、気合いのガッツポーズ。
そんなの姿に、呆れた溜息が自然と零れた。


バレたものは仕方ないからと、がこっそり教えてきたのだ。
彼女の妹、カスミの入学の際、学園長と交わされた、授業料に関する取引を。


「よその勤め先より給料良いって言っても、蓄えのない状態で学校通わせるのってなかなか厳しいんだー」


を兄だと信じ込んでいるカスミの事情を話すと、学園長の方からこの取引を持ちかけたのだそうだ。
曰く、

『学園で勤める間、性別を隠し通せた生徒の人数によって、授業料免除の期間を定める』と。

定められた人数を、正体を知った生徒の数が超える毎に、授業料免除の期間が少しずつ短くなっていくのだそうだ。

話を聞いて、文次郎は軽い目眩を覚えた。
生徒の授業料も学園の大切な収入源だ。
それを…恐らくは忍術学園名物「学園長の思いつき」で、やすやすと削られてしまうとは。


「学園長の気まぐれにも困ったものだ」
「一人一人の家庭環境まで見てくれるいい先生だと思うよ」
「お前がその恩恵を直接受けるからだろう!」
「まぁそうだね!」


否定しないのかい。
力強く肯定された事に、目眩の次は頭痛を覚え、頭に手を添えながらこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。


「あれ、どうしたの文次郎くん。頭痛い?」
「誰のせいだと思ってる?」
「団蔵くんの字にも困ったものだね全くー。これしまうよー」


わざとらしく話をはぐらかされた。
見てはいないが、まとめ終えた書類をしまう為に棚に向かっているのであろう足音を聞く。

棚を開ける乾いた音が聞こえて、少しだけ音のした方を窺う。
背伸びしたの後ろ姿が目に映った。

ぴんと張った背中から足にかけての輪郭は、分かった上で見てみれば確かに女だ。
こんなにも分かりやすいのに、先日の一件があるまで何故自分はこの事に気付けなかったのだろう。

鍛錬不足、の一言で片が付く話ではない、と思う。
では何故、と考えて見た所で浮かぶのは、桶を運ぶ際の頼りなげな足取りや、女装での見事な化けっぷり。

その至極自然体な動作を思い、ふと、


「…演技をしとらんのか…」


漠然と浮かんだ事を、ぽつりと口にした。

思い返してみれば、は男である事を意識した行動というのを取っていなかったのではないか。
カスミの為桶に水を汲んでいたあの時も、学園内で「女装」させられていたあの時も。
己の非力さを隠しもせず、また男であろうとする無理な動きもなかった。

…ような気がする。

だから男物の服を着ているだけで、自他共に「あにさま」と称しているだけで。
周りにいた自分達は、が男であると受け入れてしまった。

…のだと思う。

浮かぶのはの正体を見破れなかった自分を正当化したいだけの推測と言い訳ばかり。
そんな自分が許せず、文次郎は唸りながら頭を机に打ち付けた。


「…いきなりどうしたの。本当に具合悪い?」


今の動きを、恐らくは奇行として受け取ったのだろう。
本気で心配になったらしいが傍に寄って来た。

机を挟んで向かい合う位置にしゃがみ、顔を覗き込んでくるその目を、文次郎はじとりと睨み返す。
自分自身の不甲斐なさに向けるべき不信感を、へと方向転換させて。


「…お前の正体を学園中にバラせば予算の足しになると思っただけだ」
「…そんな事したらさんが大変な目に遭っちゃうから止めて下さい」


とってつけたような言い訳をする文次郎に。
からの、重力に任せたチョップが送られた。




















「あにさま」として振る舞ってたのには他にも理由があったんですよっていう話。
忍術学園てマジセレブ学校…



2012.5.15
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