羊羹
「はいつも甘い物を食べているな」
掃除に一区切りつけ休憩中だったらしい。
その傍らに目敏く羊羹を見つけ、小平太はその相伴に預かっていた。
一切れを手掴みで口まで運び、一口で収める。
もぐもぐ、美味い。
「そうだねぇ。だから今貴重な糖分を奪われてがっかりだよ」
がっかりと言いながら、その顔には気の抜けた笑みが浮かべられている。
食べられてしまう事自体に、それ程執着はないようだ。
お陰で後ろめたさの欠片もなく、塹壕掘りで疲れた身体に栄養補給が出来る。
ありがたい事だと思いながら、もう一切れ。
「この間もらった飴玉、あれも美味かったぞ。桃の匂いがして」
「本当?気に入ってもらえたなら何よりだよ」
口を動かしている間に次の一切れを取ろうとした所で、に皿を遠ざけられてしまった。
皿を手元に引き寄せ、串で一口大に切り分け口に運んでいる。
咀嚼する間にみるみる綻ぶ顔からするに、やはり甘い物が好きなのだろう。
女なら尚更だ。
「あれ、もうないのか?」
「こないだ食べ切っちゃったんだ、残念ながら」
「なんだ、そうか。どこで売ってるんだ?この辺りじゃ見かけないよな」
「んー…すごーく遠く、としか…場所って聞かれると、ちょっと分からないや。ごめんね」
ああ、でもまた食べたいなあ。ブドウのやつとか。
飴に思いを馳せているようで、の目が遠くを見ている。
油断大敵、口に運びかけた所で止まっている羊羹に、横からかぶりついてやった。
慌てて串を持った手を引き戻しているが、残念ながら串の先に既に羊羹の姿はない。
「ぶどうもあるのか。西瓜とかあけびは?」
「西瓜は季節によっちゃあ…あけびは見た事ないなぁ」
「そうか…私も欲しかったな、その飴」
「私もだよ…買いに行けるなら今すぐ外出届書いて買い溜めに行くんだけど」
はぁ、と溜息を吐きながら、の身体が傾ぐ。
羊羹を狙って伸ばされた小平太の手から皿を遠ざけているのだ。
腹の底から出たような溜息に、思いの深さが知れる。
たかが飴、されど飴。
は今、欲しくても手に入れられないらしいそれ、熱い想いを寄せている。
小平太はそれを見て少し考え。
よし、と胸を叩いた。
「桃の匂いはしないが、他にも美味い菓子の店はあるんだぞ!」
私の知る店の物を、今度にプレゼントしよう。
ちょくちょく美味い物を貰っている、その返礼という形で。
にっと笑いかけると、のきょとんとした目が向けられる。
隙をついて伸ばした手は、寸での所で更に届かなかった。
「え、本当に?いいの?」
「勿論だ!」
「わぁ…じゃあ、期待しちゃうよ?私、こっちの美味しい物、あんまり知らないんだ」
「任せてくれ!絶対ギャフンと言ってしまうぞ」
「え、私任されるの?」
よろしくね、と笑う。
そんな顔を見せられると、美味い物選びにも力が入るというものだ。
次の休みに町へ下りるのが待ち遠しくなる。
だが…
「その前に、だ」
「うん?」
の目が、何だ、と問う。
対して小平太の目が、獲物を狙う狩人のそれになった。
「その!最後の羊羹!私にくれ!!」
「わー!!やだ!小平太くん食べ過ぎー!!」
私の羊羹ーー!!!
平和な会話の裏で静かに繰り広げられていた、羊羹を巡る攻防戦。
それが表面化した瞬間であった。
「…何してんだ、お前ら」
通りかかった食満留三郎が見たのは、必死に這いずると、その腰にしがみつき、じりじりとよじ登ろうとしている小平太。
「留くん…ようかん…私の羊羹……!!」
息も絶え絶えに差し出されるのは、羊羹が一切れだけ載った皿。
留三郎はそれを、
「くれるのか?」
逡巡する間もなく、ひょいぱくと口に放り込んだ。
「「あ゛ーーーー!!!」」
と小平太の悲痛で間抜けな叫び声が、学園中に響き渡った。
ようかん攻防戦。
小平太は何となく悪気無く人のおやつ取っちゃいそうなイメージが…
戯
2012.5.23
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