鴻飛天翔 こうひてんしょう  第十六話










 独特ではあるが、ひどく簡素な意匠の着物である。
はそれをきちんと畳み、暫く何事か考えてから、明かりを手元に寄せて鏡台の前に座った。


揺らめく黄色い光に照らされた己の姿を、まじまじと見つめる。





「自分を飾る……」





引き締められた口から自然とそんな言葉が零れる。
意識しない所から発されているようで、口調は茫洋としていた。


嗜み程度に身なりを整えることは怠らない。
だがそれ以上………着飾ったりしようとは思わなかった。
する気が起きなかったのだ。


飾った所で何の意味がある、とどこか冷めた考え方をしている部分もあった。








だから今の己の内に湧く思いに、自身苦笑せざるを得なかった。





「小間物か……考えたこともなかったな」





佐助が言い指したことで、小間物など必要ないと考えていた自分に初めて気付いた。


必要ではなかったから、指摘されるまで意識の端にも上らなかった事柄。
それが、昼間気付きかけた感情と合わさって、急速に胸の内に広がっていく。








鏡に映るのは、長い髪を下ろした己の姿。
その真っ直ぐな黒髪を両手で一つに束ね、不器用な手つきで千代の髪型を真似てみる。


しっかりと見ている訳ではないのでうろ覚えの記憶を頼りに、不格好だが何とかそれらしく纏める。


そして、鏡の中の自分を見た。
映るのは、髪のまとめ方が違うだけで、遙かに女性的な雰囲気を醸す自分。





「……………………………恥ずかし」





そんな事をしている自分が急に恥ずかしくなって、感情をそのまま口にしながら顔を赤くする。
鏡に映る自分と目が合うのに耐えきれず、髪を押さえていた手を放して鏡台から目を逸らした。


何やってるんだ自分、と己の行動に呆れ、目を覚ますように頭を振る。


もう寝よう。


己のなす事に疲れ、どうしようもなく思いながら明かりを消す。








火の消えた台から手を放しながら、ふと考えた。


鏡で自分の顔を眺めたり、髪型を試行錯誤したり。
これではまるで…………





恋する乙女ではないか。





明かりがついていたなら、音さえしそうな勢いで真っ赤になるの顔が鏡に映ったことだろう。


既に消した後だったので自分の目で見る事はなかったが、それでも頬……というか顔全体が熱くなったのは、否が応にも感じてしまう。





はそんな自分の姿を想像するや叫び出したくなる衝動を必死に堪え、違う違うと心の中で連呼しながら、恥ずかしさをぶつけるように布団に飛び込むのだった。




















 翌日。
を迎えに行った佐助は、そこで少し意外なものを見た。





「…………………?」

「……何」

「頭の尻尾は何処行ったの」





問うと、気まずそうにそれとなくの目が逸らされる。


普段は頭の高い位置で一つに括ってある長い髪が、今日はどういうことか束ねられることなくその背にかかっていた。


着物が普段と似たような簡素なものだから、結うか結わぬかの違いが非常に目立って見えた。
思わずまじまじと観察してしまう佐助の眼差しに、居たたまれなくなったようにが頬を掻く。





「まぁその………何だ、佐助もいるし、町なんかで気を張ってても仕方ないし……気分でも変えようかと………さ」





決して視線がかち合わないよう徹底しながら、ぼそぼそと言い訳じみたものを呟いている。
心なしか頬が赤く見えるのは、やはり普段とは違う格好をしているせいで落ち着かないからだろうか。


本人も言っている通り、髪を下ろしていることで、どこか張りつめたようないつもの凛とした雰囲気は良い方向に崩れている。


何より、櫛を通した艶やかな髪を下ろしているというだけで、中性的ながいつもよりずっと娘らしく見えた。


佐助は笑う。





「…………やっぱり変か」

「んなこたないよ」

「笑っただろ」

「そういう意味じゃないって」

「……じゃあどういう意味?」

「似合ってる、ってさ。そう思ったんだ」





暗い目で睨んでくるの頭をぽんぽんと叩く。
きょとんとして見上げてくる目に笑いを返すことで答え、佐助はの背を押した。





「野郎一人よりは、隣に花がいる方がやっぱ良いね」

「…………」

「…………」

「……花ってガラじゃないんだけど」

「………うん、言ってて何だけど、俺もそう思った」

「……………ほぉ、正直に言うか」

「え……ちょっと何その目。先に言い出したのはの方でしょうが!」

「自分と他人は須くして違うものだよ佐助君」





ふざけあい、男女の会話のようでいてそうでない気もする会話をしながら、二人は屋敷の門を潜った。








その背を物陰から眺める、幾つもの視線があった。
武田軍の兵士………佐助との仲に関する例の噂を聞き、半信半疑でいる者達である。


二人が出て行った後、門扉の陰に移動しそこから顔を覗かせつつ、





「やはり噂通りなのだろうか……前は幸村様と共におられる事が多かったのに、今やあの小僧とばかりいるぞ」

「いや、ここに連れて来た責任もあろうし、監督者の立場なのだろう。しかしなぁ………」

殿もあの面立ち故、噂通りだったとしても納得は出来るが……」





限りなく仲を疑ってはいても、二人の談笑している姿に噂を匂わせるような箇所は何処にも見受けられない為、とても噂を信じ切ることなど出来ない。








結局真実を見極められぬまま、兵達は悶々と頭を悩ませ続けるのだった。




















短い。でもちょっと乙女なヒロインが書けたのでこれはこれで満足。

どうも佐助のテンションが抑え目になりがち。ううん。

ていうかオリジナルキャラ千代、至る所に出張りすぎだなっ!!!
気分を害された方がいらっしゃったら言って下さい。



2006.4.4
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