引かれる力に逆らわず、先を行く佐助の背に従う。


手首を掴むのは、よりも一回り程大きい手。


そこから伝わってくる温かさが、戦で昂ぶる精神を不思議と宥めて。










   鴻飛天翔 こうひてんしょう  第二十一話










 しばらく歩いて辿り着いたのは陣の一画。
信玄らの所とは別に区切られた場所だった。


迷うことなくその中に入っていく佐助の姿から察するに、どうやらそこは彼らの為の仮眠所らしい。


後に続いて幕をくぐると、幾つか簡素なしとねが用意されていた。
今はそこを利用している者はいない。


佐助はその内から一組の褥の横に腰を下ろし、ぽんぽんとそれを叩いて示した。





「……何?」

「いや、気が付かなくてごめんねーって。あれだけの集団の中で女の子一人じゃ流石に寝られないよねぇ」

「………そうでもないけど」

はそうでもないかも知れないけど、一般的には違うの。ほら、寝床貸したげるから」





早くこっち来なさい、と手招きをする。


はしばらくその様子を、眉を顰めながら見ていたが、最終的に諦めたのか、溜息を吐いて佐助に近付いた。


面白そうに見上げてくる佐助の横を回り、褥へと至る。
申し訳程度の薄い敷物の上に、佐助と並ぶようにして座った。





「寝かしつけるんじゃなくて、話し相手になってくれるんじゃなかったっけ?」

「横になりながらでも話は出来るでしょ」





眠れなくても寝る努力はしろということだろうか。
騙されたような気がして恨みがましげな目で睨むも軽く流され、肩を押されて褥に寝かされた。


佐助は、敷物と同じくらい薄い掛け物をの身にかけると、寝かしつけるように一定の調子で肩口を叩き始めた。


子供扱いされているようでむっとする。
しかし、見下ろしてくる佐助の目が、戦の最中であるにも関わらず驚く程に穏やかなのに気付くと、奇妙にその気持ちも静まってしまう。


視線は合うも、言葉はない。
無言で見つめ合うことの気恥ずかしさに堪えかね、はそっぽを向いた。


そこでふと目に入る、空っぽの別の褥。


は疑問を抱き、再び佐助に眼差しを戻した。





「佐助は休まないの?」

「休むよ。が寝たらね」

「他の寝床も空いてるし……私を寝かしつけるだけなら、横になってれば良いのに」

「…………それも良いけど……………………良くないって。」





提案してみると、俄に佐助の表情が曇った。
そんな顔をされる理由となる物に覚えがないはきょとんとする。


一体何が良くないのか。


独り言のように呟かれた言葉についての説明を求めて見上げる。
そうして視線がかち合うや、分が悪いとでも言いたげな面持ちが表される。


一度逃げるように目が宙を彷徨った後、早く寝なさいとばかりに佐助の手のひらがの目を塞いだ。





「…………あの、答えは?」

「あー…………まぁ、あの時、、、と逆の立場ってのも良いじゃない?それで納得しといてよ」





閉ざされた視界の中で、そんな呟きを聞く。


視野を塞ぐ物を退かした手を止めては一瞬考える。
ややあって、佐助の言葉が指す所に思い至った。








佐助の言う「あの時」とは、初めて顔を合わせた日の夜の事だ。


夜の帳が下り一時休戦となった合戦場で、一人は眠りもう一人はそれを守り。


その時と違うのは、守り守られる立場が逆という所だ。
怪我を負った佐助が眠る横で、周囲の様子に気を配っていた自分を思い出す。


眠りを守る、己の姿。
それが今の佐助の姿と同じだということに気が付いて、ははっとした。


途端、目の上から引き離して握ったままになっていた佐助の手の温かさに意識が行く。


守られている、という認識。


それが、の昂ぶった神経を静めていき、意識せぬ内に握る手の力を強くしていた。





?」





縋るように強められた手の力を訝しく思った佐助が名を呼ぶ。
その声にすら、胸が締め付けられるようだ。


は握った佐助の手を、己の額に当てた。


目を閉じ、深く息を吐く。
隠れた顔を佐助が覗き込む気配がしたが、構わなかった。





「どうした……?」

「何でもない……ただ、眠るまでの間、しばらくこうさせて…………?」





呟くように言えば、しばらくの沈黙の後、覗き込んでいた佐助の上体が離れていくのが分かった。
同時に、両手で一方的に握っていた佐助の手が、確かな力で握り返してくる。


好きにさせてくれるのだ。


その反応に、堪らない安心を覚える。


精神が宥められ、合戦の余韻が薄らいでくると、急に瞼が重くなってきた。
眠れないと思っていたのは昂揚していたせいで、実際は相当疲労していたのだと知る。
今や急激に襲い来る睡魔で、体勢を変えるのも億劫だ。










ただ手の内に温もりを感じて。


は静かに眠りに落ちた。




















「……無理してない?………」





規則正しい寝息を立て始めたに向かい、呟く。








幸村らの見張りを交代して陣幕を出、そこで偶然にも見つけたの顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。


なのに疲れたとは一言も言わず、あまつさえ眠れないなどと言い出すものだから、自分も休むついでに仮眠所まで連れてきて強引に寝かしつければ。
案の定、幾らも経たない内に深い眠りへと落ちていった。


それ程疲れているのに、何故眠れなかったのか。








握られた手の親指での手の甲を撫でてから、その拘束から抜け出そうとする。
が、思ったよりも握る力が強く上手く行かない。


それどころか、抜け出そうとする動きに眠りながら気付いたらしいが、身動ぐのと共により一層しっかりと握り込んでしまう。


取り戻せない手の自由に、佐助は少し困った。
これでは寝られない。


しばし思考を巡らせる。








そうして弾き出された、一つの案。








「……不可抗力って奴……ね。あー、生殺しかぁ………」





眠るを見ながら独りごち、苦笑と共に嘆息して行動を起こす。


を起こさぬよう注意を払い体の向きを変え、そのまま同じ褥に潜り込んだ。


手を放して貰えないのなら同衾するしか道はない。
何も知らず眠る相手と褥を共にするのは些か気が引けたが、仕方のない事だと自分自身に言い聞かせる。


横になると、お互いの手が顔のすぐ傍にあった。


自分よりも小さな手。
握り返し己の方に引き寄せると、つられるようにしてが頭を寄せてきた。
図らずも近付いた体に腕を回せば、尚一層距離が縮まった。


縋るように擦り寄り、祈るが如く体を丸める様に、佐助は先程に対して抱いた印象が正しかったという意識を強くした。


は不安なのではないか、と。










合戦で勝ち続ける者が得られる昂揚感は、生き残る事に対する喜びと安堵に起因する。


そこには死の影が常につきまとっているが、多くの者はその事に気付かない。
強者程生き残ることが当たり前になっていて、自覚するまでに及ばないからだ。


………無意識下で、敢えて気付かないようにしているのかも知れない。


ちらつく死の影をいちいち気にしていては、いずれその影に飲みこまれかねないから。








その中でもは、死の気配を敏感に感じ取っているように見えた。


『鴻飛幽冥』なら間違いなく強者であるだろうに。
強者であればある程、影は濃く大きいものであろうに。


はそのことに目を逸らせずにいる。
だから眠れなかったのではないか。





今日は生き残れたが、果たして明日は。





不安で、不安で。


その不安を自覚しているかしていないかはともかくとして、少なくとも佐助には、の姿はそう見えた。


だから。





「無理はしなくていい………戦いたくなかったら、言うんだ………」





眠るには聞こえていないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
言葉にならぬ、彼女の安寧を佐助自身が強く望んでいるから。


胸の辺りにあるの頭を一度撫で、その身を抱きしめる。








腕の中に温もりを感じながら、佐助は目を閉じた。




















佐助、据え膳の巻。(こら)
一緒に寝れば無防備なヒロインが目の毒なので。薬も飲み過ぎれば毒になるんですよ。
そのまま美味しく頂いてしまえ!!という衝動が何回も起きたけど、堪えました。
佐助然り、戯然り。
…ね!仮にも戦場だしね!一応健全な連載でもあるし。一応。

佐助なら人様の心の動きも敏感に察知しそう。
で、確信犯で分かってない振りして軽口叩いたり。
戦場の昂揚感云々の話はあくまで個人的な推測なのであまり突っつかないで下さ………!!



2006.2.30
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