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鴻飛天翔
こうひてんしょう 第三話
目を開けると何も見えなかった。
意識では開けたつもりでも、実際には開いていなかったのかと思い、二、三度意識的に瞼を動かしてみるが、変わりは無かった。
景色自体が暗いのだと気づくのに十秒は費やしただろうか。
まだ幾分かぼおっとする頭に手を添え、完全に覚醒するのを待つ。
確か……眠れと言われたのだ。
見張っておいてやるからと。
ここを抜ける気があるなら、少しでも体力を回復させておけと。
そう、言われて。
「起きたか」
ふと頭上から聞こえてきた声音。
咄嗟に身構えるが、聞き覚えのある声だと意識の何処かで理解し、緊張を解いた。
声のした位置を頼りに、目を動かす。
最初の内は闇に目が慣れていなかったが、しばらくすると闇の中でも仄かに色彩が確認出来てくる。
清かに光る月の如く、その影は白い。
仰向けの佐助を、座った高さから見下ろしているらしい。
頭の高い位置で一つに結ばれた長い髪が、肩の輪郭からさらりと流れてきていた。
「気分は?」
問うのは、まだ日が高い内に出会った少年、英新。
闇に溶け込むような静かな声に、ふう、と佐助は息を吐く。
不安であった訳ではないけれど、優しく宥められているような心地がした。
「…良かないね。でも、大分マシんなった」
そうか、と言って新が笑うのを、微かな影の動きで知った。
右の肩口の傷に気をつけながら身を起こすと、逆光になっていた新の表情がより鮮明になる。
微笑みながらも静謐とした表情が、こちらに向けられていた。
遠く、林の向こう側。
木に遮られながらも、煌々と燃えさかる松明が見える。
此度の戦の、両陣営で焚かれている火だ。
「夜になって一時休戦みたいだ。それでも安全じゃないけど……此処抜けるなら今だな」
「あんたはどうするんだい?」
「陽が昇ってから考えるよ。ここに居続ける理由も、急がなくちゃならない目的もないし」
新は溜息と共にそう答え、
「あんたは急がなくちゃならないんでしょ。行動起こすなら迅速に。」
佐助に向かって、ぷらぷらと気軽に手を振っている。
早く行けという意味だろう。
怪我をして眠っている人間の横で、見張り番を買って出る程気にかけておきながら、こうも簡単にほっぽり出すか。
新の態度に、ついつい苦笑を誘われる。
新の人間性について、佐助は何一つ知らない。
どういった理由で戦場に居て、何を望み、何を考えているのか。
彼について分かっている事は殆ど無いが、一つだけ、確信できる事がある。
己の経験してきた様々な事で培って来た勘で分かる事がある。
少なくとも敵ではない
それは自分が何の警戒心もなく新の横で眠った事から得た結論だった。
己が忍として経験してきた事を以て導き出せる、勘のようなものである。
新が少しでも敵意殺意を持っていれば、佐助がこうも深く眠る事も無かった筈だからだ。
感情の底が読み取れない事から生じてくる不安感は拭い去れない。
それでも新の存在は、少しずつ、佐助の中で「危険」の認識の枠から外されつつある。
だから、そんな事を思いついたのである。
「ここにいる理由も、目的地もない。………んじゃあさ、」
「ん?」
「あんた、俺に雇われてみない?」
「………は?」
佐助自身、本当にたった今思いついたばかりの事。
それを躊躇いもせずさらりと口にすれば、案の定、新は月明かりの下で目を丸くしている。
そんな反応をされるのも仕方のない事だと思った。
思いついた佐助自身でさえ、まさか新を雇うなどという考えに至るとは思ってもいなかったのだから。
「いやね、本来なら俺様、この程度の戦場なら入り込むのも情報集めるのも抜け出すのも楽勝な優秀な戦忍なんだけどさ」
「優秀な戦忍……自分で言うんだ」
「うわぁ、冷ややかな目だね…まっ、とにかく。集めた情報を早く届けなきゃいけないんだけど、この怪我のせいで難儀しそうなんでね。
こういう場合、他の仲間に託すのが本来なんだけど、生憎この任務は俺一人なんだ。だから旅のお供に、あんたを雇いたい」
「…用心棒みたいなものか?」
「あんたの腕を見込んで、ね。予定は無いんだろ?無事任務を済ませたら礼は弾むぜ」
佐助が寝ている間に何処へ片づけたものか、亡骸が近くに見当たらないが。
あの戦忍を新が倒した時の一瞬を思い出す。
速く深い一撃。
あれで倒せぬ者がいるとするなら、世に名を馳せる屈指の武将くらいのものだろう。
それを見込んだ上での頼みだ。
果たして そればかりだろうか ?
「……忍を守る用心棒なんて、御伽話にも聞いた事がないよ」
佐助の頭の中を見透かすように、月の光を受けた黒い眼が見上げてくる。
その奥では如何な思案が巡らされたのか。
佐助が見つめる先で、新は困ったように、けれど少し楽しそうに笑った。
「全く、本当に忍らしくないな、あんたは」
先に、呆れるように呟きながら。
新は立ち上がり、笑みの質を不敵なものに変えて、
「受けてあげるよ、その頼み。」
凛々しく、言い放つのだった。
下書きでは第二話の後半部分だったけど、あまりにも長くなってしまうので分けた第三話。
お陰で中途半端に短い。まぁそれもご愛敬という事で。
どこに愛嬌が?とか訊かない。
セクハラした事などすっかり忘れて佐助の眠りを守るヒロイン。ていうか無自覚。
BASARA夢のヒロインは女性的でありながらも漢前なので、守られるより守りました。
立派な成人男子の眠りを守って、その寝顔を可愛いなぁとか不穏な事を考えつつ眺めていれば良いと思います。
佐助の顔のテカリ防止メイク?が可愛すぎる。
戯
2006.2.27
2008.2.24 加筆修正
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