「……詳しい事は知らないけど、国境警備ってこんなに人を使うものなのか?」
「はは…毎日これなら財政難で国傾いちゃうね。おまけに警備の目は自分の国に向いてるときた」
「…じゃあこれは、あんたの所の兵じゃ無いんだな?」
「ああ、違うね。」










   鴻飛天翔 こうひてんしょう  第四話










 岩場の陰から顔を覗かせて、前方に数多の人影を見ながら、佐助とは顔を見合わせた。

時刻は夜半。
怪我や同行者が増えたこともあって、往路の倍近い日数を費やして、佐助達は武田領国境付近に到着していた。

広がるのは草原ばかりの、人家も見当たらないような平野である。
そこで確認できる光源といえば、国境警備の為設けられた、幾つかの篝火と月明かりのみ。

その、闇が大半を占める場所で。


常とは層倍する量の光が確認できることに、佐助は僅かに焦燥を覚えた。


見覚えのない鎧を着た者達に、ざっと見て確かめた人の配置の仕方。
武田の国境が襲われていると理解するまでに、さほど時間はかからなかった。

導き出された答えを疑う余地は無い。
物々しく武器を揃えた様子からも、彼らが友好目的で武田領まで来たのでは無い事は一目瞭然である。

指で輪を作りそこから覗き、視界を絞って広範囲の大まかな兵数を確認する。
それから佐助は、横でただ目の前の光景を見つめているの事を呼んだ。


「あんた、俺がちょっと出てくるって言ったら、どうする?」
「……こういう場で活躍するのが戦忍って奴だろうし、止めはしないけど…でも、あの数の中にその怪我で一人突っ込むってのはお勧めしないね」
「ご心配どうも。まぁ、この腕じゃあね…」


軽く右肩を動かしてみると、少しだけ痛みが走る。


「さて、どうするかな……」


視線を前方の敵陣容に固定したまま、呟く。

敵軍を挟んで向こう側、国境の最前線では、本国からも援軍が駆り出されている事だろう。
佐助としては敵の背後から斬り込み、混乱を誘い、自国の有利に持ち込みたい所ではあるのだが。
常のような働きをするには、肩の傷は治りがやや足りない。
だからといって、国元の危機を目にしたのに動かないのは出来ない相談だ。

佐助の呟きの理由はそこにあった。
事を成し遂げる為には、傷を負った己の力だけでは不十分なのだ。

何でも良い。
何か、今の自分に足りない分を補えるだけのものがあれば。


      補える もの 。


佐助は、敵陣容に向けていた目をすぐ横に移動させる。
そこにいるのは、だ。
戦場で出会ってすぐに、戦忍相手になかなかに衝撃的な事をしてみせてくれた、人間。

視線を感じたか、それまで前方を眺めていたの目が、佐助を見返す。
佐助の目が自分を向いていた事に、一瞬きょとんとした表情を見せたが、ふとその顔色が変わった。
何かに気付いたのか、口をぱかりと開けて、佐助を凝視してくる。
何かを物凄く問いたい顔をして。

すぐに佐助もその表情に気付いたが、敢えて何も言わず、黙ったまま見つめ返す。

遠くに国境強襲の喚声を聞きながら、二人の間に沈黙が流れる事しばし。


「………あぁ、もう」


先に音を上げたのは、の方だった。
溜息と共に頭をがしがしと掻きながら、


「分かった、手を貸してやる!それが言いたかったんだろ?」
「うほっ、あんた良い勘してるねぇ!まさにその通り、上手く伝わってくれて何よりだわ」
「そんな顔されてちゃ嫌でも分かるって…」


心底呆れたように言うものだから、佐助は苦笑を漏らした。


「嫌なら無理にとは言わないぜ?あんたは甲斐とは関係のない人間だ」


負傷という不利を抱えている自分が今出来る働きを補う為に、彼の力を借りたかったのだが、そこまでは無理強い出来ない。
とは国元に無事帰り着き、情報を持ち帰るまでの間柄だからだ。
情報を持ち帰るだけなら、敵を避けて通ればいい事。
敵の中に突っ込んでいくのは、二人の契約の外にある事だ。

の手を借りなくとも、常より働きは劣ってしまうが、佐助一人でも十分動く事は出来る。
佐助はそこを考えて、に選択の余地を与えた。

それに対し、は、


「……いや、やるよ。……怪我をしてる奴を前にして、断る理由もないからな」


困ったような笑みを浮かべながらも、その無茶な申し出を受けた。
これには佐助の方が驚いてしまう。

その驚きが顔に出ていたのか、の目がちらりと佐助を見上げ、何とも言えない表情をしながら逸らされた。


「最後の最後でほっぽったせいで死なれたりしたら…夢見が悪いし」


ぶつぶつもごもごと言う理由は、自分本位ではあるが納得出来なくもないものだ。
しかしその姿が、これまで見てきた彼の態度とは全く違ってぎこちなく見えたので、


「……もしかして俺のこと心配して?」
「…………………そんなんじゃない」


ふと思いついたままに口にすれば、かなりの間を空けて、憮然とした否定が返ってくる。
答えるまでの間、視線が泳いでいた。
本人からは否定されたが、そのちょっとした反応が、佐助の言葉を肯定しているのがよく分かった。

の手が刀の柄にかかる。
それ以上この件に関して突っ込まれまいとする、全身での意思表示なのだろう。
正面どころか横顔さえも、こちらに見せてはくれない。

都合の悪い事に対する対処のしかたがあまりに子供っぽくて、つい、


      面白い


と、口には出さなかったけれど、思ってしまった。

がそっぽを向いてしまっている内に、自然とこみ上げてくる笑いを押さえ込む。


「はいはい、分かりました、っと。……なら、せめて夢見が悪くならないように、しっかり助けてくれよ?」















 脇に丸太を抱えた、屈強な体躯の男数人が、国境の門扉に走り寄せ群がる。
一旦退いて、勢いを付け丸太を突き出せば、みしみしと鈍い音を立てて門にひびが入る。

もう幾度か繰り返し門扉を突けば、いとも簡単に破壊出来るだろう。
破壊してしまったら、後は他の兵が雪崩れ込むのに任せればいい。
己らはただ道を作るのみと、それだけを考えているかのように、何度も、何度も門を突く。


その傍に、突如として松明とは別の火が生じた。


横目にそれを捉えた男が、何の気なしにそちらを向く。
それが男の見た最後の光景となった。




「大車輪!!」




炎とは違う赤い色が、熱風を孕んでたなびく。
それが鉢巻の端だと、灼けた刃に焼かれる男達の何人が、絶命する前に気付いただろうか。


「見ていて下され、お館様!この幸村、命に代えても国境を守り抜いてみせまする!!」


高らかに宣言するのは、最初に屠られた男が認識した「赤」の所有者。
天覇絶槍・真田幸村であった。

第一陣に続き駆け寄せようとしていた第二陣が、幸村の剣技と烈声に気圧されて踏鞴たたらを踏む。
その一瞬の怯みから生まれた隙を、幸村は見逃さない。
一気に駆け寄り、恐慌を起こしかけていた第二陣を難なく粉砕する。
途端に周囲を囲んでいた敵兵に動揺が走った。

幸村は休むことなく、烈声をあげて敵陣の只中へと突っ込んで行った。















      鳥だ 。


縦横無尽に兵の間を跳び回りながら、ちらりとの姿を確認した佐助は、漠然とそう感じた。

佐助からやや離れた位置で、あの長い房のついた独特な刀を振るっている、その姿。

敵の刃をすんでの所で躱し、崩れた体制を立て直し様、隙の出来た相手の体を存分に斬り付ける。
心得たもので、その斬撃の殆どが、かなり正確に急所を狙って繰り出されていた。
その為、倒れ伏した者で立ち上がってくる者は皆無。

倒れた相手には見向きもせず、その横をするりと抜けて、は次の敵へ走る。
その走り去る際に、独特の形をした長い袖が、風を孕みたなびいてまるで鳥の翼のように見えるのだ。

それが、佐助がに対して「鳥のようだ」という印象を持った理由だった。


目線を正面へと戻し、相対していた敵が振り下ろした刀を易々と躱す。
放った手裏剣で敵を切り裂きながら、佐助は笑っていた。

競争心、とでも名付けるべき物が、胸の内からふつふつと湧き上がってくる。
武器を手に戦う者が、あれだけの腕を見せられて、無関心でいられるものだろうか。
佐助は、の刀捌きに触発されていた。


「へへっ…こりゃ俺様も負けてられないね」


半月の形を描いて戻ってきた手裏剣を構え、敵を屠っていく。




その間のある一瞬、視界の端を赤いものが過ぎった。




「そこは任せた、佐助!!」

「へ………………………だ、旦那っ!?」


赤いものに気付くのとほぼ同時にかけられた声。
聞き覚えがあるという以上に聞き慣れてしまっているその声と、風のように通り過ぎていった姿。

まず我が目を疑って、振り返って確認してみると、走り去る背が見間違いでない事を物語っていた。
次に何故こんな敵陣の奥にその姿があるのか判断しかね、混乱する。

そして彼が目指す先にあるものを知り、愕然とする。


幸村の走り寄せる先には、群れいる敵を切り抜けて一人佇むの姿があった。















まみえた相手が悪かったな」


 じりじりと包囲を狭めてくる相手に、は独白とも取れる声でぽつりと零す。
その声をたとえ聞き留めたとしても、を取り囲む彼らは気にもしないだろう。
呟いたのは、背丈も低く体つきも華奢な、彼らからしてみれば『ガキ』の一言で片づいてしまうような若造。
精々が所、多勢に無勢の己の状況を恨んだ言葉にしか聞こえないことだろう。

案の定、呟きを聞き留めた幾人かが、包囲網から飛び出し、刃を掲げて駆け寄せて来る。


     哀れな


夜闇に刀を光らせながら、短く、思う。


永遠とわせめ運命さだめけ」


先程と同じ位の声量は鬨の声に掻き消され、何人の耳に届いたかも分からない。

振りかぶられた刀の軌道を冷静に見極める。
その中から、他より早く振り下ろされるであろう刀に目標を定め、走った。

急に向かって来られて驚き怯む相手の胴を、は横一閃に薙ぐ。

血を浴びるのは、決して気持ちの良いものではない。
即座に身を捻って、噴き出す血を躱しざま、斬られた仲間を見て躊躇した兵の腕を深々と斬り付ける。

意識せず口元に笑みが浮かんだ。

突如として腕に生じた熱のような痛みに、刀を取り落とした男が絶叫する。
その姿を、体勢を立て直したが、哀れみとも侮蔑ともつかぬ冷ややかなめで見下ろす。
そして、無防備に晒される首に刀を振り下ろした。

僅かに広がった包囲網の相手をぐるりと見渡し、高らかに言う。


「命を捨てる気がある奴から来い!!我が手で黄泉路へと導く!!」


自分を取り囲む全ての者が、一言一句聞き漏らさぬよう明瞭に。
何人かはのその宣言で怯み、戦意を喪失したようだった。

しかし取り囲む大多数は、戦場の雰囲気に呑まれている。
しんと静まりかえっていた中を、烈声をあげて一人が駆け出すと、それを契機として一気に全員が雪崩れてくる。
黄泉路へと。

は眉を顰めてそれを眺めていた。


      哀れな


は刀を振るった。
我と知らずに死に急ぐ兵達全てに、応えてやるかのように。

眉間の皺が深くなっても、刀を振るう手は止めない。

向かってくる彼らを、哀れで、そして愚かだと思った。




しばらくして、は一人平野に佇んでいた。
を取り囲んでいた者の殆どが、その足下で屍山血河を築いている。
今もまだ無事な者があるとするなら、それは早々に逃げ出した者達だけであろう。

そうした惨状とも言える光景の中にあって、鮮血に染まる事もなく、なおも存在を誇示し続ける白い着物。
戦場の最中にあっては、無垢な姿程異質な物に見えることだろう。

その着物の袖先を、少し持ち上げる。


「………嫌だなぁ」


血が数滴付着しているのを見つけて、眉を顰めた。

ふと視線を彼方へと投げると、大型の手裏剣を振るって善戦する佐助の姿を捉えた。
怪我をした右腕でどれだけ戦えるか心配したが、案外平気そうだ。
調子よく敵を斬り伏せていく佐助を見て、ほっとする。

そこで、はた、と。
己の思考に気付いて、一人で慌てて首を振った。


      心配してない 断じて心配してない


自分の事を心配しているのかと問われ、否定した身としては、断じて認める訳にはいかない。
明らかになりかけた己の心に気付かなかったふりをして、は次へ進もうと踵を返し。


遠くから聞こえてくる烈声を聞き留めた。


振り向いて目に映ったのは、こちらに向け走ってくる赤揃えの衣装の男。
両手に持った槍もまた赤く、その穂先には炎らしきものもちらついている。

その人物が目がけて走ってきているのだと知ったのは、


「その方、敵将殿とお見受け致す!!覚悟めされいっ!!!」


以外の誰も立つ者のないこちらに向けて、大音声を放って来たからだった。

将だと言われ、思わず目が点になる。
体格も背丈も貧相な自分の何処を見て、武将だと判断したのだろうか。

しかし、それを論じている暇はない。
駆け寄せる男の速度は、悠長に構えていられる程遅いものではなかったからだ。

一つ息を吐き、腰を低くして構える。

今のが味方だと明言できる相手は佐助のみ。
それ以外で自分に向かってくる相手は、全て敵と判断し、


「…迎え撃つまで。」


自らも相手方に走り寄せる。

瞬き一つの間に、あと十歩も足を前へと運べば、相手の槍の間合いに突入する距離にまで迫った。
にわかに相手の手元が動く。
敵武将が槍を構えたのを確認し、避けざま斬り付けようとして、全身の筋肉を躍動させた。

その瞬間、


「斬るな!!!」
「……っっ!?」


どこからか聞こえてきたのは佐助の大音声。
思わずびくりと身が竦み、そうしてから、拙い、と思う。

僅かな怯みが、この一騎打ちの決着に大きな影響を与えた。

気付けば相手の槍は既に薙ぎの形を取り、自分は既に反撃など出来ない距離にまで踏み込んでしまっている。
可能不可能のを隔てたその差は、一歩。
ただ一歩の差が、大きな差へと繋がる。


      避けられない


穂先の軌道を見て悟ったは。

殆ど反射的に、敵に向かって敢然と更に一歩踏み込んだ。


重く鈍く激しい衝撃が襲いかかり、


の体は、受け身を取る間もなく、勢いよく吹き飛ばされた。




















長ぇ。と、それはともかく。
かの有名な(?)国境防衛戦を舞台とさせていただきましたー。
やっぱBASARAと言ったら国境防衛戦だよね!!と勝手に思いこんでるんですがどうですか。

幸村登場です。
「ござる」を言わせたいのに、言わせようとすると不自然に連発してしまうジレンマ。

お互いに敵兵だと思いこんでる二人。さてどう転ばせますか。



2006.3.10
2008.3.6 加筆修正
戻ル×目録ヘ×進ム