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   鴻飛天翔 こうひてんしょう ―剣の舞―










 馬上から得物を一振り、二振り。
進行方向を塞ごうとしていた武田軍兵士はそれで駆逐出来た。

一旦は緩めた馬の走る速度を再び勢いづかせ、かすがは戦場を疾走する。
己が主の姿を探し、その許へ馳せ参じたいと思う一方で、この戦での己の役割を果たす為に。

あの御方が御心のままに動かれるなら。
自分はその間、あの御方の代わりを、この場において務めよう。


そして、務めを果たす機会が、かすがの眼前に現れる。


やや距離をおいた先に、上杉の兵に囲まれる武田の将を見つけた。
周囲に味方はおらず、多勢に無勢の状況であろうに、その将はよく戦っていた。
遠目にその姿を確認し、鎧の色形、前立の意匠、振るっている刀の種類等から、とある武田の将であると目星をつけた。


      不利を悟り 自ら出て来たか


常の戦なら、本陣奥に構えている筈の男。
それがこんな前線にまで出て来ている理由など、それ程多くはない。

最早戦況は混乱を極めている。
誰が何処にいようと不思議ではない。

だからこそ、「今の自分」がここにいる事も、不自然ではなくなる。

馬首を武田の将がいる方へ向け、後は一直線に彼を目指す。
武田の兵が周囲にいない今、今の「かすが」に切っ先を向けてくる者などいない。


馬蹄の音に気付いたか、上杉兵をいなした男の目がこちらを向く。
それが見開かれた時には、かすがの『長光』が、既に薙ぎの軌道を描いている。


「散りなさい、山本勘助っ!!」


迫り来る刃を弾こうとした相手の動きが僅かにぶれる。

一瞬の後、かすがの持つ「刀」は、相手の兜を弾き飛ばしていた。















 ひゅ、と喉が鳴る。
新は走りながら、息苦しさに眉をひそめていた。


「まだ走れるか、新殿」
「……はい、いけます」


新の横には馬上に山本勘助。
苦しげな様子を心配して声をかけてきたのを、最小限の言葉で応じる。

苦しくとも、武田の本陣に帰り着くまでは走り続けなければならない。
止まれば敵に囲まれる。
それを突破するのにも走り回らなければならないのだから、休んでいる意味はないのだ。
それならば、前進しながら、向かってくる敵を斬っていった方が、ずっと効率的である。


「先程までより……幾分か、楽ですから」


上杉の陣近くにいた当初は、敵の攻勢は凄まじいものであった。
進もうとしても次から次へ敵兵が群がり来て、何度も足を止めて周囲を一掃しなければならなかった。
武田と上杉の兵同士がぶつかりあう前線まで戻ってきて、ようやく敵が少なくなったと感じた程だ。

ここまで来れば味方の兵も幾らかはいる。

武田軍兵士が増える事で、敵の目が分散してくれるのが、新の言う「楽」という事である。

また、勘助を守る人員も増えた事も楽になった要因であった。
散り散りになっていた勘助の手勢が、姿を見留めて集まってきたのだ。

負傷した勘助の負担を軽くする為、敵に囲まれてしまった時はいつもの数倍か走り回っていた新である。
手勢は増えれば増えるだけありがたかった。


      幸村殿は大丈夫だろうか


自分達が抜けるのでさえ苦労した。
幸村の腕の程はよく知っているが、それでも気にかかった。

言い方を変えれば、人の心配も出来るだけ余裕が持てるようになったという事。
視線を遠くまで遣る余裕も出来、走る足は止めずに、新は何となく周囲を見渡し。




ある一点へ、目が吸い寄せられていた。


「……勘助殿…」


あれは何ですか。

うわごとのような問いかけに、見下ろしてきた勘助の目が新の視線の先を追う。
そして、ああ、と。
やや重く感じる声を、上げた。

新の目の先には、隣で馬を駆る勘助と同じ意匠の具足を纏った、騎馬武者の姿。
遠目にもそうと分かる程、よく似ている。
乗っている馬の毛色も同じもののようだ。


「この怪我を負った時…わしは猿飛殿に助けられた」


怪我は、一晩ぶりに顔を合わせた時に右腕に追っていた矢傷の事。

何故その話が今持ち出されるのか。
そう思うのと、ある種の予感めいたものが閃くまでの時間は、ほんの僅か。

遠くにいる、新の目を引きつけた騎馬武者へ向け、一個の騎影が近付いている。


「あれは、わしに化けた猿飛殿だ」


新の「予感」に明確な答えが降るのと。
新の目を奪う『山本勘助』に、迫り寄っていた武者の刀が振るわれるのは、

ほぼ同時であった。















      やべ


頭に強い衝撃を受け、「兜」が弾き飛ばされるのを感じた佐助は、そのまま体勢を崩し、無様にも馬の背から落ちてしまう。
背中を強かに打ち付け、息が詰まる。
鍛錬は怠っていないが、さすがにこれは効いた。

刀を弾かれ斬られようとしていた勘助を、白煙の中で助け、彼に化けて代わりに戦場に立った。

その勘助の、助けた後の事に気を取られたか。
空中から遠目に見えた、白い鳥の動向が気になったか。
それとも単純に、自分を『山本勘助』だと思い群がってくる上杉の兵に集中しすぎていた為か。

原因は杳として知れないが、一つだけ言えるのは、自分が周囲への警戒を怠ってしまっていた事。
近付く上杉の将の存在に気付くのが遅れ、体に届かなかったにしても、刃をまともに喰らってしまった。
それだけが事実である。


「ちぃっ……!」


即座に身を起こそうとして、それが叶わないと気づき、歯ぎしりをした。

ぐらぐらと視界が揺れる。
気を抜くと起こした頭も地に伏してしまいそうだ。

「兜」を弾いた敵の一撃が、脳を揺らしていた。


      俺様 かっこわりー


軽口も下に乗らず、ただ歯噛みする。
ここにただ転がっているだけでは、上杉に首を取らせようとしているのと同義だ。

早く回復しなければ。

早く。


「っ!!」
「……両目がある。山本勘助ではありませんね?」


細い指に支えられ、顔を上向かされた。
揺れる視界の向こうに、佐助の顔を覗き込んでくる者がある。
焦点がぶれて顔の判別は出来ないが、装束の色味と中性的なその声で、誰であるかはすぐに知れた。

神速聖将の、上杉謙信である。


      何で こんな所に


突如として目の前に現れた思いがけない存在に、胸の内で瞠目する一方で、落馬した「勘助」に敵が群がってこなかった事にも納得した。

総大将上杉謙信のお出ましとなれば、いかな兵とて行動を自粛せざるを得まい。

彼の登場により、わずかな時間、命拾いをしたことになるらしい。


顔を上向かせていた指が離れ、頭が地に落ちる。


「………無様だな、猿飛」


地に打ち付けた衝撃さえ曖昧な中、頭上から聞こえてきた声に。
一瞬、思考が停止した。

上杉謙信のものでは、ない。
もっとずっと高い、耳に慣れた女声。
加えて、言い放たれた言葉に含まれた、覚えのある冷たい響き。

自分に一太刀当てた人間が本当は誰であったのかをそれで知り、


「か………」


鈍った口でその名を紡ごうとした時。

視界が不意に暗くなり、

激しい剣戟の音が、佐助の耳を貫いていた。




















あれ?思いの外短い。
そんな事より、相変わらず佐助が弱い子でごめんなさい。
猿も木から落ちるんです。ってこれまるで佐助の為にあるような言葉!

第二部と言っておきながらヒロインと佐助がまるで絡まない川中島編でしたが。
ようやく出会いを果たせる感じになってきましたね!良かった良かった!



2008.3.2
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